FACE presents THE LEGEND OF ZANZIBAR
Tony Humphries: トニー・ハンフリーズ
アンダーグラウンド・ダンス・ミュージックの歴史、とりわけハウス・ミュージックの歴史を語る上で絶対に外せない伝説のDJの一人、Tony Humphries。ゴッドファーザー・オブ・ニュージャージー・サウンド、ミスター・ザンジバー等の異名を持つ彼は、NYブルックリンで生まれ育ち、1970年代後半からDJ活動を開始。1981年、Club TribecaでプレイしていたTonyのミックスを気に入ったプロデューサー、Shep PettiboneがNYの人気ラジオ局KISS FMで流したTonyのミックス・テープは大評判となり、彼自身の番組をウィークリーで持つ程の人気DJとなる。また、1982年にはニュージャージーの伝説的クラブ、ZanzibarのレジデントDJとして毎週末プレイし始め、その人気は当時Paradise GarageでプレイしていたLarry Levanに次ぐ程だったと言われている。今現役で活躍しているTimmy RegisfordやLouie Vega、Blaze等も当時のTonyから多大な影響を受けたと語っている。1979年にオープンしたZanzibarはオープンから2年間、Hippie ToralesがレジデントDJを務め、1981年以降は毎週水曜にLarry LevanやTee Scott、Francois K.等の人気DJ達も定期的にプレイ。そこで週末のレジデントDJをLarry Patersonと共に任されたTonyは、KISS FMでのプレイもあり、当時彼がプレイしていた数々の楽曲を全米レベルでの大ヒットへと導く程の影響力を誇っていた。MTUMEの「JUCY FRUIT」はその代表的な一曲である。また、プロデューサー、リミキサーとしても活動し始め、Chaka KhanやJanet Jackson、Jungle Brothers、Queen Latifah、Inner City、Soul II Soul、First Choice、Adeva、Blaze、Ultra Nate、Mass Order、Alison Limerick等、数々の楽曲を手がけ、いずれも大ヒットさせている。1993年にはロンドンの人気クラブMinistry of SoundのレジデントDJとなり、X Press 2やPete Heller & Terry Farley等の当時のロンドンのニュー・サウンドをいち早く紹介し、ヨーロッパでも絶大な人気を得る。1998年、自身のレーベル[YELLORANGE]を設立。その後2004年には[TONY RECORDS]を設立し、現在も多数の良質な作品をリリースし続けていて、ヨーロッパ、とりわけイタリアで絶大な人気を誇っている。昨年は、NYでDavid MoralesとLouie Vegaと共に"3 KINGS OF HOUSE"というパーティーでプレイし、彼独特の黒いサウンドで多くのファンを魅了している。
Toshiyuki Goto
80年代後期より、都内各クラブでDJ活動をスタートさせる。91年に突如単身渡米する。そして94-96年の間、Party "Acme Disco"(NY)のDJとして活躍。同時に楽曲制作も積極的に行い、ジャズキーボーディスト菊池雅章氏とのコラボレーションユニットMATO名義での「Tribe」 「Drifting」(Wave music)で96年の衝撃的なワールドビッグヒットを放ち本格的に制作活動をスタート。'02年にはToshiyuki Goto名義として初のフルアルバム『Two-Way Traffic』(カッティングエッジ)を発表。その後も『progressive funk』(カッティングエッジ)、『Travels with Flowers Plus+』(FlowerRecords)の2タイトルのミックスCD、藤原ヒロシとの共同プロデュースによるシングル「Away Dub」 (CRUE- LRECORDS)をリリースし、コアなダンスミュージックフリークより支持を受ける。そして'07年には2nd アルバム『No Illusion』(リズムゾーン)を発表。またDJとしても03年春より活動拠点をNYCから日本に移し、西麻布YELLOW"Voyage"、代官山AIR"The Garden"などでレギュラーパーティーを展開。また日本国内のみならず、ヨーロッパツアーや最近ではcielo(US/nyc)、CLUB SHELTER(US/nyc)などにもメインアクトとして招かれるなど、海外でも精力的にプレイを行っている。
Toshio Bing Kajiwara(THEGODSARECRAZY)
90年代よりNYの老舗中古レコード店の店主として勤務すること12年余り。世界の珍盤の再評価に貢献する傍ら即興演奏家としての活動を続ける。20数年に及んだ海外での音楽放浪を経て2008年に帰国。東京を拠点に舞台芸術やパフォーマンスの分野で活動する他、DJとしても日本各地の音楽マニアから好評を得ている。
SHO
82年よりDJとしてのキャリアをスタート。高橋透氏、曽根氏らが在籍した事でも知られる伝説のディスコ、六本木"TSUBAKI BALL"時代にLarry Levanとガラージ・サウンドに出会い感銘を受ける。 当時レジデンツだった 六本木"TSUBAKI BALL"にて曽根氏と共に、当時日本でも珍しかったハウスサウンドオンリーのワンオフパーティー"HOUSE NATION"を手がけその後のクラブのあり方を示す。六本木"TSUBAKI BALL"閉店後は活躍の場を求め全国を渡り歩く。90年に念願のNYへ移住。"CHOICE"、"SOUND FACTORY"、"BODY&SOUL;"等のパーティーにインスパイアされる。又、高橋透氏、DJ NORI氏がNY時代在籍した事で知られる"FUJIYAMA MAMA"にて長年DJとして活躍。15年のNYでのDJプレイを経て2005年夏、日本に帰国。現在日本でDJ活動中。